
阿寒湖温泉
Akanko Onsen阿寒摩周国立公園・阿寒湖畔の温泉地。アイヌの集落「阿寒湖アイヌコタン」と特別天然記念物のマリモで知られる。
湖と、コタンと、聖なる藻
阿寒湖の南岸には、近世以前には定住の集落はございませんでした。 アイヌの人々はこの湖と周囲の森を狩猟や漁撈の場としてのみ用い、 和人による本格的な湯宿の開業は明治三十五年(1902年)を待つことに なります。昭和九年(1934年)の阿寒摩周国立公園指定が湖畔の温泉郷 としての枠組みを定め、戦後の観光発展のなかで、いくつかの湯宿が今日の 温泉街へと姿を整えてまいりました。
湖が今ひとつ受け継いできたのは、生きものの遺産であります。湖底に育つ 球状の藻、マリモ(毬藻)は明治三十年(1897年)に命名され、大正十年 (1921年)に天然記念物となり、戦中戦後の盗採と水位低下によって絶滅の 危機に瀕した末、昭和二十七年(1952年)三月、ついに特別天然記念物 へと格上げされました。これは日本の自然保護法令でも最上級の指定であります。 昭和二十五年(1950年)に始まるまりも祭りでは、いまもアイヌの カムイノミの儀礼から幕が開き、マリモを湖へ還す儀をもって閉じられます。
アイヌコタンと湖畔の街
旅館街に隣り合って広がるのが、阿寒湖アイヌコタン(アイヌコタン)、 道内最大のアイヌコタンであります。三十六戸、人口およそ百二十人。 **昭和三十四年(1959年)**以降、前田一歩園三代目園主・前田光子氏より 無償で提供された土地のうえに集住が進んでまいりました。木彫り、刺繍など を商う工房が軒を連ね、イコㇿ劇場では夜ごと伝統舞踊と、アイヌの ウポポにデジタル映像を編んだ現代作品『ロストカムイ』が上演されています。
温泉街そのものは小ぢんまりとしており、湖面に向かう露天風呂を備えた 湖畔の旅館、湖沿いの短い遊歩道、そして誰もが立ち寄れる無料の足湯 が並びます。冬の朝には湖面から湯気が立ち上り、夏の宵には旅館の デッキから東に雄阿寒岳の姿が真正面に望めます。
湖をこえて
桟橋からは遊覧船がチュウルイ島へと渡り、島の観察センターには 天然のかたちで育つマリモが展示されております。さらに足を延ばせば、 公園東部には霧と透明度で名高いカルデラ湖摩周湖が広がり、 冷涼な空気のなかへ今も硫黄を吐き続ける硫黄山(アトサヌプリ)が 噴気を上げています。
この温泉地の施設
4施設 · 評価順地図で見る
近隣の温泉地
50km圏内参考・出典
- 阿寒湖温泉旅館協同組合 — 公式サイトofficial— 公式観光団体。湖畔の温泉街、旅館の構成、湖畔遊歩道沿いの無料足湯の典拠。
- 阿寒湖アイヌコタン — 公式 沿革official— コタンの一次資料。前田一歩園による土地提供と1959年の集住、道内最大のアイヌコタンとしての規模の確認。
- 阿寒摩周国立公園(環境省)official— 昭和九年(1934年)の国立公園指定、カルデラ地形、阿寒区域と摩周区域の構成についての公式情報。
- Wikipedia — 阿寒湖温泉— 源泉数、単純泉および硫黄泉の泉質、明治三十五年(1902年)の開湯に関する補足。
- Wikipedia — 阿寒湖アイヌコタン— コタンの戸数・人口、イコㇿ劇場、伝統舞踊上演の典拠。