
道後温泉郷
Dōgo Onsen日本三古湯のひとつ。松山の中心にあり、明治27年築の道後温泉本館が象徴。
文字として残る湯
道後は、日本が温泉文化の古さを語るときに必ず引き合いに出す温泉の一つです。8世紀の『日本書紀』には伊予の湯への天皇行幸の記述があり、地元の伝承はさらにさかのぼります。傷ついた脚をこの湯に浸して癒えたという白鷺の伝説は、案内板にも、祭りの行列にも、そして本館の屋根の上にも繰り返し描かれてきました。「三千年」という言葉そのものに史実性を求めるかは別として、文献にこれほど早く名を残す湯はそう多くありません。
今日もっとも知られた湯屋はもう少し新しい時代のものです。道後温泉本館は1894年(明治27年)、城大工・坂本又八郎の手により竣工しました。木造三層楼、屋根上に赤いギヤマンを嵌めた小さな塔屋「振鷺閣(しんろかく)」を戴く構えです。塔のなかには太鼓が吊られ、朝6時・正午・午後6時に時を告げる音は、1996年に環境庁の「日本の音風景百選」に選ばれました。1994年には現役の公衆浴場として全国で初めて国の重要文化財に指定されています。
本館、そしてその周辺
本館の浴室は二系統です。砥部焼の陶板に白鷺伝説を描いた広間造りの神の湯、そして二階の休憩座敷、上等になれば個室まで含めた段階制で利用する霊の湯。三階北西の角には、1895年に松山中学校英語教師として赴任し、のちに1906年の小説『坊っちゃん』の舞台の一部に道後を描いた夏目漱石ゆかりの坊っちゃんの間があります。部屋の名は1966年、漱石の女婿である作家・松岡譲が名づけたもので、入浴客に開放されています。
本館は2019年1月から始まった保存修理工事を経て、2024年12月に全館営業を再開しました。工事の間、街は二つの兄弟湯で湯客を支えてきました。地元の暮らしに密着した椿の湯、そして2017年に開業した飛鳥乃湯泉です。飛鳥乃湯泉は、聖徳太子や斉明天皇の道後来浴の伝承にちなみ、飛鳥時代の建築意匠を取り入れた湯屋として建てられました。徒歩圏内に三つの現役公衆浴場が並ぶ、小さくも密度の高い湯町です。
地区
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近隣の温泉地
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参考・出典
- 道後温泉 公式サイトofficial— 松山市道後温泉事務所運営。営業時間、入浴メニュー、本館・飛鳥乃湯泉・椿の湯の最新情報。
- 道後温泉本館 公式ページofficial— 建築の歴史、神の湯・霊の湯、振鷺閣、1894年(明治27年)落成について。
- 道後温泉別館 飛鳥乃湯泉 公式official— 聖徳太子来浴の伝承を踏まえた飛鳥時代様式の別館、2017年開業。
- nippon.com:道後温泉本館— 重要文化財指定、坊っちゃんの間、1895年の漱石松山赴任など文化的背景。
- 道後温泉本館 Wikipedia— 本館、振鷺閣、1994年の重要文化財指定、2019〜2024年の保存修理に関する基礎情報。