東山温泉
ひ が し や ま お ん せ ん

東山温泉

Higashiyama Onsen
福島県東北地方7施設

会津若松の伝統的な温泉街。鶴ヶ城の奥、湯川渓谷沿いに古い旅館が並ぶ。8世紀開湯。

行基、八咫烏、千二百年の湯

東山温泉は天平年間、行基菩薩が三本足の烏に導かれて発見したと伝えられています。 伝承の真偽はさておき、湯はこの地に町が生まれるよりはるか前から湧き続けていました。 江戸期には会津藩の指定湯治場となり、松平家家中の保養地として静かに守られて きました。山形の上山・湯野浜と並び、奥羽三楽郷の一つに数えられる古湯です。

谷は鶴ヶ城から南東へ車でわずか十数分の距離にあります。1868年の秋、城は一か月に わたる籠城戦の末に開城し、戊辰戦争における会津藩の戦いが終わりました。同じ戦の 渦中、十代の白虎隊は飯盛山で燃ゆる城下を望みながら自刃したと伝えられます。 東山もまた戦火の余韻のうちにあり、新選組副長土方歳三が傷を癒すために逗留したと されるほか、後年には画家竹久夢二や歌人与謝野晶子も長く滞在しました。 侍の記憶は今も町並みに残っています。

木造の宿が肩を寄せ合う細い谷

温泉街は城下から東へ、湯川沿いに細長く伸びています。谷は狭く、宿は川面に 覆いかぶさるように軒を連ねています。なかには戦前からの木造建築も多く、十七世紀 創業の向瀧は国の登録有形文化財に指定されたまま、今も創建当時の風呂を現役で 湯守りしています。源泉は45〜58℃、カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉を 基調とし、単純温泉脈も併せ持ち、湧出量はおよそ毎分1,500リットル。多くの宿が 檜の内湯と川を望む小さな露天を併設しています。

会津若松側の谷には今も花街が息づいています。「からり妓さん」と呼ばれる 東山芸妓は大きな宿の宴席で踊りを披露しており、戦後の温泉地衰退をくぐり抜けて 伝統を残した、東北でも数少ない例です。

谷を出てからの一日

鶴ヶ城へは車で十五分ほど。1965年に再建された朱瓦の天守には、会津藩と戊辰戦争を 丁寧に語る博物館が併設されています。帰り道には飯盛山——白虎隊の墓所と六角三層の さざえ堂——を組み合わせるのが定番です。城下町はまた、日本有数の漆器(会津塗)の 里であり、酒どころでもあります。駅から徒歩圏に末廣鶴乃江の蔵元があり、いずれも 無料の蔵見学を受け付けています。

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参考・出典

  1. 会津東山温泉観光協会 — 公式サイトofficial会津東山温泉旅館協同組合運営。加盟旅館一覧、芸妓文化の紹介、歴史ページ。
  2. 東山温泉 — Wikipedia行基開湯伝承、八咫烏(三本足の烏)の言い伝え、泉質(カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉、45〜58℃、湧出量約1,500 L/分)、文人来湯録の出典。
  3. 向瀧 — 会津藩との歴史official東山温泉に現存する最古級の宿の一つ、国の登録有形文化財。歴史ページは会津藩公式の湯治場としての歩みを記録。
  4. SAMURAI CITY AIZUWAKAMATSU — 戊辰戦争と会津戦争official会津若松市観光公社。1868年の鶴ヶ城籠城戦と飯盛山白虎隊の経緯。
  5. 東山温泉 — TRAVEL TO TOHOKUofficial東北観光推進機構。奥羽三楽郷の一つとしての位置づけ、土方歳三・竹久夢二との関わりを記載。