
城崎温泉
Kinosaki Onsen柳並木の運河沿いに七つの外湯が点在する温泉町。浴衣と下駄で湯めぐりするのが流儀。
祈りから湧いた湯
開湯の年ははっきりしています。道智上人は717年(養老元年)に この地を訪れ、難病に苦しむ人々を救おうと八曼陀羅経を千日唱え続け、 720年(養老四年)、千日目に湯が湧き出しました。その源泉が、今の まんだら湯です。さらに738年(天平十年)、道智上人は村の上手に 温泉寺を建立し、以後この寺は城崎温泉の守護寺として、湯杓を授かる 古式入湯作法とともに湯への祈りを守り続けています。
江戸期になると、城崎は温泉場として町の形を整えていきました。当時の 宿の多くは内湯を持たず、客は宿が薦める順に町中の七つの外湯 ——鴻の湯・まんだら湯・御所の湯・一の湯・柳湯・地蔵湯・さとの湯—— を巡って湯を楽しみました。この習わしがやがて外湯巡りとして 定着し、城崎はその発祥の地と呼ばれるようになります。文学が加わるのは 1917年。1913年、東京で電車に跳ねられ療養に訪れていた志賀直哉は、 この町での日々を「城崎にて」という短編に結晶させました。生と死の あわいを静かに見つめるこの一篇によって、城崎は近代日本文学のなかに 場所を得たのです。
一つの旅館、七つの湯
城崎は、町全体を一軒の宿として売り出してきました。観光協会の言葉で 言えば「一つの旅館」——通りは廊下、外湯は浴場、大谿川沿いの 店々はラウンジ、という考え方です。宿に着いた客はまず外湯パスを受け取り、 夕暮れには浴衣に下駄で出かけて、川沿いの柳と石橋の下を、下駄の 音を響かせながら湯から湯へと渡ります。大型ホテルはなく、低く木造の 町並みは途切れることがありません。それが城崎の選んだ姿です。
冬の松葉ガニと山陰の海
11月初旬から3月にかけては、城崎は松葉ガニの町になります。 近隣の津居山港・柴山港に水揚げされる日本海のズワイガニで、宿の冬の 会席はほぼこの蟹を中心に組み立てられます。各港のタグ(一杯ごとに付ける 産地証明)を確かめながらいただくのが、近年の冬の楽しみ方です。さらに、 城崎は山陰海岸ジオパークの東端に位置し、海食洞や柱状節理の続く 海岸線が、朝湯のあとの散策にちょうどよく接続しています。
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出典
- 城崎温泉観光協会 — 公式official— 城崎温泉観光協会の公式サイト。七つの外湯、「1つの旅館」のコンセプト、季節行事の出典。
- 城崎温泉開湯1300年 — 観光協会official— 養老年間の開湯伝承と道智上人による千日祈願の出典。
- 城崎温泉 温泉寺 — 公式official— 738年に道智上人が開いた温泉の守護寺。湯杓を授かる古式入湯作法の起源。
- 城崎温泉 — Wikipedia— 七つの外湯の名称、志賀直哉の1913年来湯の確認に使用。
- 豊岡市観光公式サイト — 外湯巡り発祥の地official— 外湯巡り文化の発祥に関する豊岡市の記述。







