登別温泉
の ぼ り べ つ お ん せ ん

登別温泉

Noboribetsu Onsen
北海道北海道地方7施設

北海道随一の温泉地。地獄谷の噴気孔から多種の泉質(九種類)が至近距離に湧く。

大工とその妻、そして湯けむりの谷

宿の一軒も立つ前から、この谷の湯はアイヌの人々によって薬湯として用いられ、 土地は「ヌプル・ペツ」、すなわち色濃く霊力を帯びた川と呼ばれていました。 現在の地名「登別」はその音を漢字に当てたものであり、町を流れる支流クスリサンベツ もまた、薬湯の川を意味します。

宿場としての登別温泉の歴史は安政五年(1858年)、江戸の大工であった滝本金蔵が 妻の皮膚病を癒すべく蝦夷地に渡り、湧出地のそばに粗末な湯小屋を建てたことに 始まります。妻の症状は癒え、噂はやがて広く伝わり、その湯小屋は代を重ねて 今日の第一滝本館へと連なってまいりました。明治に入ると、室蘭郡役所の 日野愛喜が上流に別の源泉(現在のカルルス温泉)を見いだし、軍用道路が谷へと 延び、登別は湯治場から北海道随一の温泉郷へと姿を変えてゆきました。

九つの泉質と、屋根の上に開く地獄

町の個性を決めているのは、宿のすぐ背後に口を開ける地獄谷、すなわち直径 およそ450メートルの爆裂火口跡であります。黄灰色の谷壁からは絶えず噴気が 立ちのぼり、毎分およそ三千リットルの湯が下方の湯宿へと導かれてゆきます。 火口は複数の異なる源泉を抱えるため、登別はひとつの町のうちに九種類の泉質を 湛えており、これは北海道内随一の多様さといえます。硫黄泉、鉄泉、食塩泉、酸性鉄泉、 明礬泉……それぞれが異なる湯舟へと注がれているのです。

通りの主役は赤鬼・青鬼の小さな姿、その名も鬼っ子たち。街灯にも土産物にも 現れ、夏の地獄まつりには人々が鬼に扮して湯本と火口縁を練り歩きます。

大湯沼と火口の裏路

地獄谷からさらに山道を登りますと、同じ火山系に育まれた硫黄の池、大湯沼が 広がります。表面はおよそ五十度を保ち、灰白色の水面が静かに揺れております。 ここから流れ下る湯川は森のなかで天然足湯となり、年間を通じて無料で 開かれています。冬晴れの日には上部の遊歩道から胆振平野の彼方に羊蹄山の 白い円錐が望めることもございます。

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参考・出典

  1. 登別国際観光コンベンション協会 — 沿革official公式観光団体。安政五年(1858年)の滝本金蔵による湯宿開創と明治期の発展を裏付ける一次資料。
  2. 登別温泉観光協会official日本語公式サイト。地獄谷、大湯沼、鬼っ子マスコット、十の湯のものがたりの典拠。
  3. 北海道遺産 — 登別温泉地獄谷official爆裂火口跡としての地質的概要と毎分湧出量の確認に使用。
  4. Wikipedia — 地獄谷(登別市)火口の規模と戦後の観光地化に関する補足。
  5. 北海道ファンマガジン — 登別温泉開湯160年滝本金蔵の妻の湯治譚と第一滝本館への系譜の確認。