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ぬる湯 — 何時間でも浸かっていられる温泉の話

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·リピンスカヤ・ディナラ

温泉と言うとき、私たちはそれを「熱い泉」と呼んでいます。実際、字のとおりです。温=あたたかい、泉=いずみ。鉱泉のお風呂は熱いもの、という前提がそこにあります。

たしかに日本の源泉には、何も手を加えなくてもじゅうぶん熱いものがたくさんあります。むしろ熱すぎて、冷まさないと入れないものさえある。けれどそれは「たくさん」であって「すべて」ではありません。成分は豊かなのに、地上に出てきた時点でぬるい源泉というのも確かにあって、そういう湯はたいてい、お客さんの期待に合わせて加温されます。湧いたままの温度で出しているところは、ほんの少数です。

これは、少しもったいない話かもしれません。その温度のままのほうが、湯は力を出していることが多いからです。

順番に見ていきましょう。

「熱い」とは何度からか

これには法律上のはっきりした答えがあります。温泉法にもとづく「鉱泉分析法指針」は、湧出時の温度で源泉を四つに分けています。

ぬる湯(浴槽の温度)32〜40℃
25°
34°
42°
  • 冷鉱泉25℃未満
  • 低温泉25〜34℃
  • 温泉34〜42℃
  • 高温泉42℃以上
色の区分は源泉の温度、その上の括りは浴槽のお湯の温度です。

この二つには、それぞれ別の呼び名があります。上の数字はすべて泉温、つまり源泉が湧き出したときの温度で、実際に浸かる浴槽のお湯の温度は湯温です。54℃の源泉を加水して38℃の浴槽にすることもできますし、31℃の源泉をそのまま湯船に引くこともできる。どちらも入ればぬるい湯ですが、書類の上ではまるで違う源泉ということになります。

ぬる湯とは何か

ぬる湯は法律用語ではありません。温泉法のどこにも出てきません。「ぬるい」から来た入浴文化の言葉で、源泉ではなく浴槽の温度を指します。だいたい32〜40℃くらい。体温よりやや低いか、わずかに高い程度です。

そして35〜36℃あたりが、いわゆる不感温度です。熱くも冷たくも感じられず、体がつくる熱と逃がす熱がほぼ釣り合う帯で、脈拍も血圧も呼吸もほとんど動きません。ぬる湯で時間の流れかたが変わるのは、まさにこのためです。

イラスト:森の中の石風呂に肩まで浸かる温泉鬼。目を閉じ、頭にはたたんだ手ぬぐい。湯面は鏡のように平らで、湯気は立っていない
ぬる湯の目印は、この絵に写っていないもの。湯気が立ちのぼっていません。

かつては、ぬるいことは隠すべき欠点とされていました。鉱泉は熱くあるべきという思い込みがあると、ぬるい湯では効かないような気がしてしまう。実際には逆で、理由は三つあります。

なぜぬる湯のほうが効くことが多いのか

ひとつめ、時間

ぬるい湯には、熱い湯とは比べものにならないほど長く入っていられます。そしてこれは付随的な話ではなく、本体のしくみです。

環境省が日本温泉気候物理医学会の監修で出しているパンフレット「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」は、通常の入浴について、慣れるまでは3〜10分を1〜2回、慣れてきたら15〜20分を2〜3回、としています。

ぬる湯と比べてみてください。新潟県の栃尾又温泉は、源泉温度が栃尾又1号で35.4℃、自在館1号で28.5℃というラジウム泉ですが、伝統的な入りかたは、10分ではなく1〜2時間浸かるというもの。その間ずっと、湯に溶けているものが体に働きかけ続けます。

ふたつめ、体への負担

熱い風呂は休息ではなく、運動に近い負荷です。北海道大学保健管理センターの大塚吉則氏の研究には具体的な数字があります。42℃に10分浸かると、血圧は20〜40ほど上がり、脈拍は40拍ほど増え、体温は2℃上がる。交感神経が興奮し、血管は収縮します。

同じ環境省のパンフレットは、この点をはっきり書いています。高齢者、高血圧、心臓病、脳卒中の経験がある方は、42℃以上の高温浴は避けてください。これはアドバイスではなく、注意事項の項目です。

イラスト:左は熱い湯に肩をすくめて縁をつかんで入っている温泉鬼、湯気が立ちのぼる。右は湯気のないおだやかなぬる湯に肩まで沈んでくつろぐ同じ温泉鬼
同じ体で、42℃と38℃。左は仕事、右は休息。

その代償は統計にも出ています。溺れるといっても、泳げないから沈むという話ではありません。熱い湯で体温が上がり、血圧が大きく動いて、意識を失ったまま湯に沈む。統計上はこれが「溺死」として記録されます。人口動態統計によれば、2023年に自宅や施設の浴槽でこうして亡くなった65歳以上は6,073人。同じ年代の交通事故死(2,116人)のおよそ3倍です。しかもこれは「溺死」として記録された分だけ。厚生労働科学研究の研究班は救急搬送のデータから、浴槽内での心筋梗塞や脳卒中まで含めた入浴関連の死亡を年間およそ1万9千人と推計しています。

ぬる湯はこの境目の手前にあります。交感神経の緊張ではなく副交感神経が優位になり、血管はひらき、脈は上がらず、体はほどけていく。ぬる湯の時間がどこか瞑想的に感じられるのは、そのぶん自分の感覚にも、まわりの自然にも、耳を澄ませる余裕が生まれるからでしょう。

みっつめ、湯そのもの

ここがいちばん面白いところであり、加温に反対する本当の理由でもあります。

同じパンフレットは、温泉を**「なまもの」**と呼んでいます。そして何が失われるのかも挙げています。硫化水素、鉄、二酸化炭素、ラドン。どれも不安定で、どれも湯が熱いほど早く抜けていきます。

二酸化炭素はいちばんわかりやすい例で、しかも同じ一軒の掲示で読み比べられます。療養泉としての二酸化炭素泉は、1kg中に遊離炭酸1,000mg以上を含むことが条件です。長湯のラムネ温泉館では、32℃の外湯が1400ppm。同じ建物、同じ源泉地の内湯は42℃で911ppmです。十度上がっただけで、それを療養泉たらしめていた基準を下回ってしまう。

ぬるい鉱泉を加温するというのは、人がそれを求めて浸かりに来たものを、煮て飛ばしてしまう行為でもあるわけです。

泡付き — 目に見える証拠

炭酸泉には、ほかの何とも間違えようのない現象があります。入って一分もすると、ガスが体の表面で溶けきれなくなって、細かい泡がびっしりと付く。これが泡付きで、環境省のパンフレットも二酸化炭素泉を俗にいう「泡の湯」と紹介しています。ガスは皮膚から吸収されて血管をひらくので、32℃の湯が音の印象ほど冷たく感じられないのもそのためです。

CO₂が熱い湯に留まれないからこそ、火山国でありながら日本には天然の炭酸泉がとても少なく、あるものはほぼぬるく、そしてほぼ有名です。最も知られているのが大分県の長湯温泉。同じ大分の七里田温泉 下ん湯は37℃前後の自噴・源泉かけ流しで、泡付きの量ではおそらく日本屈指です。

湯治 — もともと知られていたこと

ここまでの話は、体温計が普及するはるか前から日本で実践されていたことでもあります。温泉利用の記録は、残っているだけでも約1300年前までさかのぼり、湯治はそこから育ってきました。

イラスト:古い湯治宿の簡素な板の間で、低い卓に急須を置いて座る温泉鬼。かたわらにたたんだ布団が積まれている
湯治は週末旅行ではなく、一週間以上そこで暮らすことでした。

湯治には独自の数えかたがあり、それは早い時期に定まっていました。中世(およそ12〜16世紀)にはすでに七日間を一廻りと数え、少なくとも三廻り、つまり21日間はやるものだと考えられていました。環境省も現在、十分な効用を得るには2〜3週間程度が適当だとしています。

これを44℃でやってみることを想像してみてください。1日2〜3回、三週間。体がもちません。湯治が成り立ったのは、ぬるい湯があったからで、それで生きてきた場所は今も残っています。四百年の歴史をもつ栃尾又、福島県の微温湯温泉(源泉32℃、享保のころ(1716〜1736年)から「目の湯」として知られてきました)、そして青森県の谷地温泉。二つある湯のうち下の湯は、38℃の湯が浴槽の足元から湧いています。

ぬるければ安全、ということではありません。 環境省のパンフレットは湯あたりについて、温泉療養開始からおおむね3日〜1週間前後に、気分不快、不眠、消化器症状、皮膚炎などが現れることがあると書いています。そうなったら入浴を中止するか回数を減らして、回復を待ちます。長湯は思っている以上に水分を奪うので、入浴前後の水分補給も忘れずに。そして湯上がりに成分を洗い流さず、タオルで拭きとること(酸性泉や硫黄泉で肌の弱い方は例外です)。

ぬる湯を探す

探すのは以前より簡単になりました。Onsen Oniではぬる湯をカタログ上のタグとして扱っていて、現在291件のぬる湯が登録されています。

ガイドぬる湯ガイド

291件すべてを一枚の地図に。どこに多いのか、どこから始めるとよいかも。

業界の側でも関心が高まっています。2026年7月、静岡県温泉協会は梅ヶ島温泉郷でぬる湯サミット2026を開催しました。「ぬるくつながり、深く広がる温泉の未来」をテーマに、ぬる湯を伝統としてだけでなく、加温にかかるエネルギーの節約、健康、滞在型観光といった観点からも語る場でした。同じ夏、協会は県内12軒によるぬる湯スタンプラリーも実施しています。

もちろん、42〜45℃の熱い源泉を冷ましましょうという話ではまったくありません。日本の鉱泉をもうひとつの側面から、温度の多様さも含めて楽しんでみませんか、という誘いです。

ぬる湯に行くのは、満腹になるためではなく味わいのために食事をするのに少し似ています。急ぐ理由がどこにもない。それがすべてなのだと思います。

出典

  1. 環境省「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」(平成31年3月)official入浴時間の目安、42℃の注意、湯あたり、温泉は「なまもの」
  2. 環境省 — 温泉法に関する通知・ガイドラインofficial温泉法および鉱泉分析法指針
  3. 日本温泉気候物理医学会 — 新禁忌・注意事項及び適応症2014年改訂の禁忌症・適応症
  4. 東京都浴場組合 — 42℃以上の「熱いお湯」に入浴するのはいいのか悪いのか?血圧・脈拍・体温の数値(北海道大学 大塚吉則氏の研究より)
  5. 消費者庁 — コラムVol.12 高齢者の事故 ―冬の入浴中の溺水や食物での窒息に注意―official65歳以上の浴槽での溺死と交通事故死の2023年の数字
  6. 厚生労働科学研究「入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究」救急搬送データによる年間約1万9千人という推計
  7. ラムネ温泉館 — 世界屈指の炭酸泉32℃と42℃の湯、および遊離炭酸の数値
  8. 七里田温泉「下湯(下ん湯)」下ん湯の37℃前後・自噴・源泉かけ流し
  9. 栃尾又ラジウム温泉 自在館 — ラジウム温泉の泉質・適応症栃尾又の源泉温度と長時間入浴の伝統
  10. 国立国会図書館「本の万華鏡」— 湯治場としての温泉official湯治の歴史、出雲国風土記、一廻り、文化2年の一夜湯治
  11. 静岡県温泉協会officialぬる湯サミット2026とスタンプラリー

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