
伊香保温泉
Ikaho Onsen群馬の山腹に石段365段の温泉街。黄金の湯(含鉄)と白銀の湯(硫酸塩)。
万葉集に詠まれた湯のまち
「伊香保」の地名は、八世紀に編まれた『万葉集』のなかに九首詠まれて おり、東国の温泉地としてはきわめて古い記録を持っています。ただし、 今日見られる町並みが整えられたのはずっと後のことです。天正四年 (一五七六年)、戦国の世のただなかに、上杉・武田両家の支配下にあった 木暮下総守が、長篠の合戦で傷ついた武田方の将兵を療養させるため、 急斜面を活かした石段街を築きました。源泉から効率よく湯を分配する ための仕組みであり、日本ではじめての温泉地の都市計画とも語られる 形式です。旅館と湯小屋が一本の坂道に沿って段々に並ぶ、今に続く骨格が このときに生まれました。
湯には二つの顔があります。黄金の湯は古くからの源泉で、含まれる鉄分が 空気に触れて酸化することで茶褐色に染まる硫酸塩泉です。古くから女性の 体に良いとされ、「子宝の湯」とも呼ばれてきました。白銀の湯は 一九九六年に新たに開発されたもので、無色透明のメタけい酸泉。 病後の回復や疲労回復に用いられ、黄金の湯と並ぶ湯として近年定着して います。
石段をのぼる
伊香保を歩くことは、そのまま石段をのぼることです。現在の石段は昭和 五十年(一九八〇年)から五年をかけて御影石で大改修され、二〇一〇年 には三百六十五段に増設されました。三百六十五日にぎわう町であって ほしいという願いがこめられています。両側には土産物屋、射的場、温泉 まんじゅうの店、格子戸の老舗旅館が並び、与謝野晶子の詩「伊香保の街」 や、湯の権利を持っていた十二の宿を示す十二支の銘板が石面に刻まれて います。途中にはガラスののぞき窓があり、足元を流れる茶褐色の源泉が 各旅館へと分かれていく様子を見ることができます。
最上段には伊香保神社があります。弘仁年間(八二五年)の創建と 伝わり、温泉と子授けの神を祀る古社です。さらに少し進めば、黄金の湯の 源泉を引いた伊香保露天風呂があり、晴れた日には屋根越しに榛名山 の稜線が広がります。山をのぼれば二十分ほどで榛名湖に至り、町の 下手には伊香保おもちゃと人形・自動車博物館が昭和のおもちゃを集めて います。
この温泉地の施設
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近隣の温泉地
50km圏内出典
- 渋川伊香保温泉観光協会official— 町の観光協会公式サイト。石段街、黄金の湯・白銀の湯、周辺観光の情報源。
- 伊香保温泉史(公式)official— 天正四年(一五七六年)の石段街の開設と温泉街形成の典拠。
- 伊香保温泉(Wikipedia)— 万葉集に九首詠まれた件と、一九九六年の白銀の湯の開発についての参考情報。
- 黄金の湯と白銀の湯の違い— 地元情報サイト。二種類の湯の泉質と効能の比較。
- ググっと群馬(伊香保)official— 群馬県の公式観光ページ。榛名山との位置関係や周辺施設の確認に使用。








