熱海温泉
あ た み お ん せ ん

熱海温泉

Atami Onsen
静岡県中部地方8施設

東京から新幹線で一時間の海辺の温泉地。塩化物泉と、夏の相模湾花火大会で知られる。

将軍家から東京の奥座敷へ

熱海の温泉は『伊豆国風土記』(七一三年)にすでに記され、天平勝宝元年 (七四九年)に箱根権現の万巻上人が海中に湧いていた湯を中腹に導き、 のちの大湯間歇泉の地に泉脈を移したと伝えられています。歴史の表舞台 に立つのは江戸初期で、徳川家康は慶長九年(一六〇四年)に七日間ほど 湯治に滞在しました。家康はその効を喜び、後年には樽詰めの湯を伏見へ、 さらに四代将軍家綱の代からは江戸城へ定期的に運ばせる御汲湯の制が 整います。八代将軍吉宗の享保期にはおよそ三千六百四十樽が運ばれたと の記録も残っています。明治に入ると東海道線が海沿いを抜け、将軍家 へ運ばれていた湯が東京から汽車で訪れる別荘地の湯へと変わり、明治 二十四年には日本で初めての温泉地に置かれた御用邸も開かれました。

相模湾を望む斜面の街

熱海は丹那断層が海に落ちる斜面に張り付くように発展し、湧出する塩化物 泉は高温で、市内数百本の源泉の九割以上が四十二度を超えるといわれて います。地形と泉質はそのまま街の姿に現れ、旅館は斜面に段々に積み上が り、湯船の窓からは相模湾と沖合に浮かぶ初島の灯が見えます。湾は もう一つの名物、熱海海上花火大会の舞台でもあり、港の艀から打ち上げ られる花火を、両側の崖が天然の観覧席のように受け止めます。バブル期の 再開発を免れた一帯も多く、覆い屋根の商店街、温泉まんじゅうの蒸籠、 ネオンの喫茶店、歩道に埋め込まれた足湯、そして史跡として残された 大湯間歇泉の小さな池が、独特の昭和レトロの手触りを今に伝えて います。

街のまわり

少し足を延ばせば、駅の山手にあるMOA美術館では、長いモザイクの トンネルを抜けた先に尾形光琳や野々村仁清の名品が並びます。海沿いを 南に下れば來宮神社の境内に立つ大楠があり、樹齢およそ二千年と 伝えられる幹のまわりを願をかけて巡る人の姿が、今も絶えません。

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参考・出典

  1. 熱海温泉ホテル旅館協同組合official加盟宿60軒以上を擁する協同組合の公式サイトです。
  2. 熱海市公式サイト「熱海の温泉」official五つの温泉区、源泉数、平均温度などを記す市の公式ページです。
  3. 熱海ロマン紀行「徳川家康と熱海温泉」official観光協会系サイトによる、家康の慶長九年湯治と後の御汲湯の解説です。
  4. 熱海温泉 — Wikipedia (JA)立地、塩化物泉という泉質、全体規模に関する一般的参考資料です。