
伊東温泉
Itō Onsen伊豆東海岸の歴史ある温泉地。木造の東海館、塩化物泉、新鮮な海鮮で知られる。
造船の地、湯の町、木造旅館
伊東の物語は湯ではなく船から始まります。慶長九年(1604年)、徳川家康に仕え三浦按針と名乗っていた英国人航海士ウィリアム・アダムスは、松川河口の急峻で深い岸辺に日本初の西洋式帆船の造船所を構えるよう命じられました。八十トンの最初の船と、続いて建造された大型船サン・ブエナ・ベントゥーラ号は、この湊を幕府の海事図に書き込み、町は今も「按針通り」の名にその記憶を留めています。
江戸期を通じ、川沿いの農漁村は静かに湯治場へと姿を変え、共同湯は旅人を、そして徳川家そのものを迎える湯を供しました。昭和十三年に伊東線が開通すると客足は一気に流れ込み、大正末から昭和初期の木造旅館文化が川辺に定まった姿を見せます。その象徴が、昭和三年(1928年)創業の東海館です。檜と杉を惜しみなく用いた三階建ては、各階を異なる棟梁が腕を競って手掛けたと伝えられ、昭和二十四年には望楼が加わりました。平成九年に旅館としての歴史を閉じた後、市に寄贈・修復され、現在は浴室にも週末の湯が満ちる文化施設として公開されています。
東伊豆の海辺
町は伊豆半島東岸から相模灘を望み、地下の恵みは寛大です。源泉は七百を超え、わずかに塩味を帯びた湯量は全国でも屈指の規模を誇ります。旧市街の大半は松川遊歩道に沿って歩け、椰子と石灯籠の並ぶ川沿いには、東海館と港の朝市が静かに連なります。沖で揚がる金目鯛の煮付け、そして薄造りの一皿は、この町を訪れた誰もが記憶に留める味でしょう。
少し南へ足を延ばせば、城ヶ崎海岸が異なる表情を見せます。約四千年前の大室山の噴火が生んだ黒い柱状節理、波の上に架かる吊橋、そして十キロに及ぶ岬の遊歩道。自転車で伊豆高原駅を起点に半島を巡り、終列車前の伊東に戻って一風呂、という旅程も気持ちのよいものです。
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50km圏内参考・出典
- 伊東観光協会official— 伊東温泉および周辺の観光公式サイト。
- 三浦按針(ウィリアム・アダムス)と伊東— 松川河口での1604年の造船所について市が公開する記事。
- 東海館(ウィキペディア)— 1928年開業の木造旅館、現・市の文化施設の建築史。
- 伊東市(英語版ウィキペディア)— 市の沿革、温泉地、近代史の概観。
- 城ヶ崎海岸(Japan Guide)— 伊東南方の溶岩海岸の地形と遊歩道の解説。










